ストリートミュ−ジシャン・トラベラー昔話 vol.3 リミニそしてカンヌ

 

 

JUGEMテーマ:ヨーロッパ

( a: アカリン  p: ポポロ   j:爺 )

 

昨日の続き・・・

 

 j: リミニ到着。  海辺のリゾート観光地。 あのコルフのバーテンのお兄ちゃんが

   勧めなければ、先ず来る事は無かっただろうなんてことない所に見える。  

   とりあえずお兄ちゃんからもらった住所の親父さんの所を訪ねる。  

   昼時で生ハム・メロンを作っていた。

   「あいつまたおかしなのを送ってきやがって・・・お前で何人目になるかな・・・

    まったく困ったもんだ・・ま、生ハム・メロンでも食って帰ってくれ。」  

    つまり歓迎されない客・・・という事だった。

 

    ホテルに泊まる金も無いし、街の様子を偵察がてらさまよっていると、夕暮れのある

    木立の下のベンチに行き着く。   

    4〜5人の男達が楽しげに歌っているので、ギター弾いて参加する。

    パーティーがお開きになると皆散っていったのだが,おじいさんが一人

   「行くとこないんならおいで。」

    と言うのでついて行った。 すっかり夜になっていて、着いた所は学校のような所で

    部屋には2段ベッドがいくつも設置してある。

    「明日の朝デルマノに紹介するから、今日はここで寝なさい。」

     

    私はイタリア語は話さないがスペイン語は少々分かる。 この2つの言語は結構似て

    いるのでなんとなく意思の疎通ができたりする。  

 

    とにかくラッキー!

 

    翌朝、デルマノがやって来た。 デルマノはスペイン語でエルマノ=兄弟  

    神父さんのことだった。

    ここはカソリック教会の施設だったのだ。 デルマノは英語が話せた。

    「あなたは、ここにいたいだけ居てください。 街に出て歌を歌って旅費を

     稼いでください。 お昼に自転車を貸してあげますので毎日ランチタイムに

     これからお教えするホテルのキッチンに行ってください。 お食事がいただけます。」

 

 a: エ〜ッ!!  イタリアンカソリック教会すご〜い!!  神父さんメチャ親切〜!!

 

 j: でしょ!  考えてみりゃバチカンのすぐそばで、ローマ法王のお膝元みたいなもんだもの。

 

   でしばらくここでストリートというか流しやったんだけど、お国柄、年期の入った

   ストリートミュージシャン結構いてね。  

   電池式のアンプかついだエレクトリックマンドリンのおじさんと仲良くなって、

   バスの中で会ったりして

   「おじさん、どんな曲やると受けるの?」 とか聞くと 「これさ!」 とか言って

   バスの中で演奏が始まっちゃうんだね。  アンプはonになってるからバス中ガンガンに

   響くわけ。

 

   だいたい一晩演奏すると、バックがコインでズッシリ重くなるんで、それを最後

   にバールに持っていくとすごく喜ばれるわけ。

   「ア〜これで明日銀行行って小銭用意しなくて済む! また来てね。」

 

   まあ場所柄フランスとかギリシャとか,その他わけのわからない国のコインも混ざって

   くるけどね。

 

   でも結局の所、ストリートミュージシャンやるにしても,暮らすにしても私的には

   スペインに勝るところは無いようで、リミニを後にとりあえずスペインの方向へ出発。

 

   例によってヒッチハイク。でもこれができるのはミラノまで。  

   フランスに入ると車はほとんど止まってくれなくなる。 当時フランスではヒッチハイカー

   による強盗が横行していたのが原因。

    

   有り金はたいてミラノからフランスはニースまでの鉄道の切符を買う。  

   で、ニース。 結構大きな街でなんか取っ付きにくいのでササッと何件か歌って稼いで

   カンヌまでの切符を買う。

 

   カンヌこじんまりとした取っ付き易い規模。海辺の湾を中心に港とレストラン・バールが並ぶ。

 

   しかしここで生まれて初めて露骨な人種差別を味わった。

   先ずはツーリストインフォメーション。  

   地図をもらいに行ったら女性の担当が指先で地図をつまみ、これ持ってさっさと失せて! 

   みたいな態度。

   次は海を見下ろす公園。なんと5〜6才の少女からものすごい蔑んだ眼差しを

   むけられたのには本当に驚いた。

   パリでもこんなことなかったけど、いったいカンヌってどんな教育してるんだろ?

   さすがに今はもう変わったとは思うが・・・

    

 a: あのさ〜 爺さ、 その時ヨレヨレのヒッピーみたいなかっこしてなかった〜?

    

 j: イヤイヤ  爺は皆さんまだヒッピーファッションやってる頃にはそれ卒業してて

   ロンドン系50`sファッションだったんですけどね。って、まあ それはともかく・・・

   港のあたりはいい雰囲気で、路上で色々露店が並んでてなんかイビザを思い起こさせる

   ものがあり、     アフリカ系の人が多かったけど・・・・

   

   何件かで演奏して、露店をひやかしてたら南米のカラフルなハンモックを売っている

   フランス人の男の子・ドミニクと知り合った。 色々と旅の話もはずんで、

   「家のベランダのハンモックでよければ泊まんなよ。」という事になり、

   彼のバイクに乗せてもらい家へ。

 

   塀とゲートの中の敷地に十数軒の別荘とテニスコートやプール等がある。 

   両親の別荘という事だ。

 

   昼間はこの別荘地で過ごし、夜になるとドミニクとバイクで港へ・・・でお仕事。

   3日ほどでバルセロナまでの旅費を確保し、ドミニクとお別れ。

 

   列車の乗り継ぎの都合でマルセイユで一旦下車。 

         マルセイユってなんだか魔女の宅急便のキキちゃんが飛んでそうな雰囲気の港町。

         駅前の階段でボンヤリしてるとスペイン人の3人組と遭遇。 

   何故か意気投合。 これからマドリに帰るんだとか。

  「イエイ アミーゴ! 飲みにいこうぜ!俺たちゃ最後の1ペセタが無くなるまでは

   大金持ちなのさ!全部使っちまおうぜ〜!」   これだ。  

 

        「江戸っ子だってね〜」  「馬鹿言っちゃいけねー!マドリの産まれよ!」

 

         あ〜スペイン人気質。

 

   さて,次回はいよいよバルセロナ。

 

    

 

 

 

 


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